千種有宗の「こころなき身ゆゑ」

歴史・文化・詩歌・音楽について語ります。

主語が大きい人

 

はじめに

 

 みなさま、こんにちは。千種有宗です。

 

 先日、一人でカラオケに行ってきました。

 所謂「萌えソング」や「電波ソング」は他人と一緒のときには歌えませんから、あべにゅうぷろじぇくとの『ラブリー☆えんじぇる』を心ゆくまで熱唱して参りました。これは大変良い曲で、歌うと身体を拘束する縄が解かれたような、晴れ晴れとした気分になります。勿論、「燃えソング」も歌いました。マジンガーZの挿入歌『Zのテーマ』はいつ聴いても心が熱くなりますね。

 

 その『Zのテーマ』の作詞者である故・小池一夫氏が次のように語っていました。

 

 

 今日は、小池氏のいう「主語が大きい人」について、つらつらと語ってゆきましょう。

 

 

 

 

「国民」って誰ですか

 

 コロナ禍において、「国民は~を望んでいる」とか、「総理大臣は国民の声を聞け」という言説を頻繁に目にしました。「国民」という抽象概念が実在し、一つの意思を持っているかのように、テレビ朝日のコメンテーターT氏やM新聞社の論説委員F氏は語るのです。

 

 彼らは、多様な選好を持つ個人の集まりを一つの集合体とし、その集合体が、それを構成する個人の性質に還元できない独自の性質を持つ、という方法論的集合主義に立脚しているようです。「国民」が直接的かつ客観的に認識できる実存在だと考え、「国民」が個人と同じように意思するのだと信じているのです。

 

集合体の実在性に優先権を与え、集合体が呈する性質は、個人に帰属する性質から演繹できないとする立場を方法論的集合主義という。*1

 

 勿論、多様な選好を持つ個人の集まりを一つの集合体と見ることはできるでしょう。しかし、実際に意思し行動するのは構成員たる個人なのであって、集合体の性質は、それを構成する個人の性質に還元して考えるべきです。この方法論的個人主義の立場からすれば、「国民」などというものは、個人の頭の中にのみ存在する抽象概念に過ぎないのであって、実在しない以上、「国民」が意思し行動することなどありえません。

 

社会学における最も根源的な問い「社会秩序はいかにして可能か」を問うとき、個人を究極の実在として議論を始め、社会という集合体に固有の性質を演繹しようとする立場を方法論的個人主義という。*2

 

 「国民」という抽象概念を振り回す言説には、辟易とします。実在し意思しているのは、多様な選好を持ったひとりひとりの個人に過ぎないからです。T氏やF氏は「国民」を主語にしてあれこれ言いますが、それは「国民」を僭称して彼ら自身の意見を表明しているに過ぎません。結局、大きな主語を使って語る人は、「俺の意見に従え」と言っているだけなのです。彼らが「国民」を語るとき、彼らと意見を異にする少なくない「国民」は、「非国民」として捨象されているのです。

 彼らは、福沢諭吉が「一身独立して一国独立する」*3と語った意味を思い返すべきでしょう。絶望先生こと糸色望も次のように語っています。 

 

いますよね 主語のデカい人

一人しかいないのに「私たち住民は断固反対する!」とか!

全員に聞いたわけでもないのに「我々都民は我慢の限界」とか!

自分の意見をみんなの意見のように言う 主語のデカい人!*4

 

 

 

 

代理人でなく代表としての国会議員

 

 かつて某総理大臣が「総理大臣は国民の代理人」と発言したときには、目眩がしました。

 まず、総理大臣の選出母体となる国会議員からして、「全国民の(純)代表」であって代理人ではないのですから(憲法43条)。それぞれの政治的選好をもつ個人によって選出された国会議員は、それら個人の政治的選好を捨象して、国会議員自らの選好によって自由に発言・票決できるよう保障されているのです。

 

 然るに、国会議員は「国民の声を聞け」=「俺の意見に従え」という主語が大きい人(「国民」)の声を真に受けて、その代理人として振る舞っているように見受けられます。国会議員の役割とは、「国民」の声を聞くのではなく、彼ら自身の声を伝えることだ、と思うのですが。

 

 よしんば彼らが聞くべき声があるとしても、それは主語の大きな人の声ではなく、「声なき声」でなければなりません*5。就中執政府の長たる総理大臣は、声なき声を聞かねばなりません。それは死者の声であり未だ生まれぬ子どもの声であって、今を生きる衆愚の声ではないのです。

 

 それでは今日は此の辺で。ありがとうございました。

 

 

 
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*1:「方法論的個人主義/方法論的集合主義」『岩波 哲学・思想事典』岩波書店、1998年、1481頁

*2:注1参照

*3:福沢諭吉『学問のすゝめ』小室正紀・西川俊作編、慶應義塾大学出版会、2009年

*4:久米田康治さよなら絶望先生』第144話「ククリなき命を」(第十四集所収)、講談社、2008年

*5:昭和天皇御製「その上に きみのいひたる ことばこそ おもひふかけれ のこしてきえしは」。「言葉は聲なき聲のことなり」と注せられている。