千種有宗の「こころなき身ゆゑ」

歴史・文化・詩歌・音楽について語ります。

【ブラームス】クラリネット・ソナタ第1番ヘ短調作品120-1

はじめに

 みなさま、こんにちは。千種有宗です。

 今日は僕の愛聴するブラームスクラリネットソナタ第1番ヘ短調作品120-1についてお話します。

 

 

 

曲と私

 1894年に作曲された2つのクラリネットソナタ作品120は、晩年のブラームスの情感に富んだ渋みのある作風を象徴する楽曲で、第1番ヘ短調は四つの楽章から構成されています。第1楽章Allegro appassionatoは、C-F-Es-Desと四度跳躍からの下降の動機で始まり、冒頭から陰鬱な雰囲気を醸します。しかし、この四度跳躍で始まる4小節の前奏を聴くとすぐにブラームスの世界に導入されるので、気が塞いで彼の音楽に浸りたい時にはよくこの曲を聴いています。

 思えば、ブラームスが旋律の始まりに四度跳躍を用いる例はかなりあるのではないでしょうか。交響曲第1番第4楽章の第1主題や、弦楽六重奏曲第1番の第2楽章冒頭、ピアノ四重奏曲第1番の第3楽章冒頭がすぐに思いつきますが、探せば他にも沢山あるでしょう。四度跳躍は寂寥や憂鬱を感じる跳躍ですから、ブラームス「らしさ」の要因の一つであるのかもしれません。

 

第1楽章冒頭

 

 私は、第1番では特に第4楽章Vivaceを好んで聴いています。第2楽章Andante un poco Adagio、第3楽章Allegretto graziosoと進む内に次第に晴れてきた第1楽章の陰鬱が、このロンドで溶けてゆくような気がするのです。とても愉快で聴くのが楽しい。聴いていると、秋の夕暮れ時に道路を歩く学校帰りの子どもたちが、なんとなしに会話をしたり戲れあっている情景が思い浮かびます。あるいは、公園で遊んでいた子供が、時計塔を見て「もう5時なのか」と驚いて友達と連れ立って帰ってゆく情景が思い浮かびます。また、幼い頃に遊んだ友達や遊び場にしていた神社の御老人のことが思い出され、少し寂しい懐古の情に浸らせてくれるのです。子供が自由に外で遊ぶことを許さなくなってしまった昨今の世情が悲しいですね。ここで一首詠んでおきましょう。

 

秋の野に 子らと遊べば 百舌鳥のゐる 塔に入日の さしにけるかな

 

秋の野辺で子どもたちと遊んでいると、百舌鳥が高鳴きをする時計塔に入日がさし込む、そんな時間になってしまったことだなあ

 

 

 

 ミュールフェルトについて

  このクラリネットソナタを私が聽くことができるのは、やはり偉大なクラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルトのお蔭でしょう。
 1890年頃から創作意欲の衰えていたブラームスは遺書の準備や手稿の整理を始めていましたが、翌1891年に訪れたザクセン=マイニンゲン公国でミュールフェルトの演奏(ウェーバークラリネット協奏曲第1番)に接すると、その演奏を激賞し創作意欲が回復したことを伝える手紙をクララ・シューマンに送りました。

 

 ミュールフェルトは1856年にマイニンゲン近郊のザルツンゲンに生まれた人で、初めヴァイオリン奏者としてマイニンゲンの宮廷楽団に入団しましたが、独学でクラリネットを習得すると、1876年には首席クラリネット奏者に就任しました。彼は、1880年に同楽団の音楽監督となったハンス・フォン・ビューローワーグナーからも高く評価され、1884年から1896年に渡ってバイロイト祝祭管弦楽団の首席クラリネット奏者を務めています。したがって、ブラームスは1891年以前からミュールフェルトと親交があったと思いますが、同年に聴いた演奏はブラームスの創作意欲を強く刺激したらしく、ある種の霊感に導かれるように、ブラームスは晩年の名曲を生み出していったのです。クラリネット作品では、クラリネット三重奏曲作品114(1891年)、クラリネット五重奏曲作品115(1891年)、そして2つのクラリネットソナタ作品120(1894年)がそれです。ミュールフェルトが居なければこれらの曲は作られなかったでしょうし、20世紀に作られたクラリネットのための曲も、多くは存在しなかったかもしれません。

 

 ミュールフェルトに限りませんが、過去の先人たちの演奏を直に聴いてみたかった、と常々思っています。ロシアの偉大な指揮者であったムラヴィンスキーのように録音が残っているのならばそれを聴けば慰めにもなりますが、ミュールフェルトのような時代の人では、本を読んで想像する他ありません。どのような性格だったのか、どのような演奏をしていたのか、どのような楽器を使っていたのか。そうしたことを知って彼らの演奏を想像してみるのは、なかなか面白いものです。こうした楽しみは別段クラシックに限ったことではなく、音楽に限ったことでもないでしょう。歴史で言えば、私は後鳥羽院の御足跡を辿ることが楽しみで仕様がありません。

 

 さて、ミュールフェルトは、どのような演奏をしたのでしょうか。彼が愛用していたのはミュラー式を改良したオッテンシュタイナー製のベールマン式(1875年作)で、現在もマイニンゲンの州立博物館に所蔵されているようです。カール・ベールマンは偉大な父ハインリッヒと共にミュンヘンの宮廷楽団で首席クラリネット奏者を務めた人で、ゲオルグ・オッテンシュタイナーと協力して1860年にベールマン式クラリネットの特許を取得しました。木材に植民地産のブラック・ウッドを使用したフレンチな形状のベーム式が運指まで大きく変えたのに対して、ベールマン式は木材にツゲを用いて形状も運指も伝統的なミュラー式を踏襲しました。クラリネット製作者のスティーヴン・フォックスによれば、その材質や形状からしてベールマン式の音は甘く澄んだコンパクトなものとなり、繊細で鋭敏な演奏を促すといいます*1ブラームスはミュールフェルトのことを、フロイライン・クラリネッテ(Fräulein Klarinette)とかマイネ・プリマドンナ(Meine Primadonna)などと呼びましたが、女性的な繊細さを感じる演奏だったのかもしれません。

 

 また、ミュールフェルトの演奏を直に聴いたことのある人は、次のように述べています*2

 

 私は彼の低音域の音色が素晴らしいと思ったことをはっきりと覚えているが、彼の中音域と高音域にはそれほど魅力を感じなかった。彼は時に並外れたダイナミックレンジを示し、そのフォルティシモは非常に力強かったが、あまり使わなかった。私はまだ少年だったので、彼が頻繁に出すキーキーという音を――その時は(後で知ったが)リードがどれほど頻繁に演奏者を失望させるかを理解していなかったので――当然そう簡単には許せなかった。彼はクラリネット五重奏の中でも際立って目立とうとはせず、明らかに自分自身を弦楽器奏者と同等(あるいはそれ以下)であるとみなしていたように記憶している。振り返ってみると、彼は第一級の音楽家ではあったが、演奏家としての才能は現在の世代に於いては特に傑出しているとは言えないように思う。

 

 ミュールフェルトが広いダイナミクスレンジを有していたことは確かなようです。英国のチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォード卿がクラリネット奏者のジュリアン・エガートンを招いてクラリネット五重奏曲を英国で初演しようとしたとき、ブラームスはミュールフェルトを起用することを条件にし、それをスタンフォード卿に伝えたブラームスの親友のヨーゼフ・ヨアヒムも、1891年12月30日の手紙で次のように述べています*3

 

 エガートン氏は、劇的で幻想的な性格の強いクラリネット五重奏曲を演奏するのに十分な知性と気力を備えているのだろうか。ffからpppまで非常に多様な音色を必要とする曲なのだが。教えて頂きたい。そうすれば二週間後にウィーンでブラームスと会う時、楽譜のコピーを貴方に送るように説得できるかもしれません。ブラームスはミュールフェルトを楽譜を送る条件にしています。

 

 つまり、ミュールフェルトはffからpppまで非常に多様な音色を表現することが出来たということでしょう。他に彼の演奏についてよく語られるのは、当時の抑制的な奏法に反して弦楽器的なヴィブラートを多用したことであり、総じて情感に富んだ演奏であったと想像できます。晩年のブラームスの楽曲には枯淡の色彩が強いですが、一方で情感も失ってはいません。ミュールフェルトのクラリネットの演奏が強い影響を与えたのだろうと推察しています。もっとも、彼の演奏が合わない人もまた多かったでしょうが。

 

 

ヴィオラ版・ヴァイオリン版

 2つのクラリネットソナタは、ミュールフェルトとブラームス自身のピアノにより、1895年1月7日にウィーンで初演されました。その前年の11月10日には、ミュールフェルトとブラームスはクララの家に招かれて、この曲を演奏しています。孫のフェルディナンド・シューマンの日記*4によれば、クララはブラームスの右隣に座って譜面を捲り、楽章毎に大いに喜んだそうです。ブラームスも「続けて構いませんか」と聞きながら第4楽章まで演奏したといい、既に老齡に達した二人の柔らかい様子が想像できます。

 

 1895年にはブラームス自身の手でヴィオラ版の出版が行われています。ヴィオラ版はヴィオラ奏者の貴重なレパートリーですから、クラリネットよりも演奏に接する機会が多いかもしれません。ヨアヒムがヴィオラでこのソナタを楽しんだと伝わるように、優れたヴァイオリニストはヴィオラの演奏にも優れるので、シュロモ・ミンツなどがヴィオラ版の録音を残しています。高松宮殿下記念世界文化賞を受賞したルチアーノ・ベリオによる管弦楽版もあるらしいですが、これは残念ながら聴いたことはありません。

 ブラームスはヴァイオリン版も自分で編曲しているのですが、これは実演にも録音にも出会うことは稀です。2020年にBMCレコードからジェンナ・シェリーという女性がCDを出していました。そのライナーノーツや彼女のウェブサイトを参照すると、ヴァイオリン版はブラームスがジムロック社から出版した初版以降1世紀余りの間絶版になっていたらしく、2016年にやっとペーレンライター社から新版が出版されたようです。クラリネットソナタヘ短調(第1番)、変ホ長調(第2番)とヴァイオリンの響きにくい調性で、華々しい演奏効果に欠けるのが演奏に恵まれない理由だと思いますが、ブラームスがわざわざ自分の手で編曲したということは、ヴァイオリンによって表現できる魅力が、この曲にあるということなのでしょう。実際、ヴァイオリン版はヴィオラ版に比べると改変した部分が目立ちますし、ブラームスが丹念に編曲したことが伺われます。

 

 

 

おわりに

 ブラームスやミュールフェルトについては、

 ・門馬直美『ブラームス』春秋社、1999年
 ・西原稔『ブラームス音楽之友社、2006年

を改めて読みました。

 

 ・Bickley, N. (1914). Letters from and to Joseph Joachim, London:Macmillan Publishers, 444-445.

 ・Schumann, F. (1916). Brahms and Clara Schumann, The Musical Quarterly 2(4), Oxford University Press, 507-515.

はネット上でも読むことが出来ます。

 

 ミュールフェルトの演奏を聴いた人の話で参照した国際クラリネット協会の旧サイトは、『The Clarinet』紙の記事の再掲です。出版年が古すぎることに疑問を持たれた方は(私もそうでしたが)、The Clarinet BBoardが参考になると思います。

 

 それでは今日はこの辺で。

 

 


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*1:

The sound is sweet, clear and compact, encouraging delicacy and subtlety in playing, but capable of power when necessary.  The sweetness stems partly from the general German clarinet characteristics of the largely parallel bore and the greater use of fork fingerings than on the “Boehm” system (most especially high C).  The wooden mouthpiece and boxwood body contribute significantly to the tone quality; having fewer tone holes than modern clarinets might also play a part.

Stephen Fox

*2:

 I remember clearly that I thought his tone in the lower register was superb, but I was not nearly so taken with his middle and top registers. He displayed an unusual dynamic range at times, the fortissimos being very powerful, but not often employed, and being only a boy I naturally did not so readily excuse the really very frequent squeaks he made at times, not realizing then (as I did later!!) how often a reed will let one down!! I recall that he did not endeavor to get all the "limelight" in the "Quintet", but obviously considered himself as no greater (or lesser) than the string players. In retrospect, I feel that although he was a musician of first order, his gifts as a player would not strike the present generation as being particularly outstanding.

Clarinet Anthology - International Clarinet Association

*3:

Is Egerton intelligent and spirited enough for playing a piece in which there is much of a dramatic, phantastic character, that wants a great variety of tone, from ff to ppp? Tell me, and I might try  to persuade Brahms when I see him in Vienna (in a fortnight) to send a copy over. He made Mühlfeld a condition of giving the manuscript.

Bickley, N. (1914). Letters from and to Joseph Joachim, London:Macmillan Publishers, 444-445.

*4:

In the evening, Brahms brought Herr Muhlfeld to supper, the artist having just come from Meiningen. For the first time we heard the newly composed clarinet sonata. Brahms was at the piano, grandmother at his right turning over the leaves. At the end of each movement she expressed her delight; Brahms would the ask: "Shall we go on?" and, observing her pleased nod, continued to play...

Schumann, F. (1916). Brahms and Clara Schumann, The Musical Quarterly 2(4), Oxford University Press, 507-515.