千種有宗の「こころなき身ゆゑ」

歴史・文化・詩歌・音樂に就いて語る

【#2】腦死國家02「文化と人民」

(承前)

【#1】腦死國家01「亡國の音」

 

文化と人民

 文化は、或る集團に於いて共有された慣習が、次世代に學習模倣されるうちに度重なる批判解釋を受け、確からしい價値規範として承認されるに至つたもの――傳統――の總體であり、自然にも人爲にも依らず歷史に自生する。換言すれば歷史の淘汰に堪へた傳統の總體であり、個人の經驗を超越した歷史的經驗、個人の知性を超越した歷史的知性、個人の道德を超越した歷史的道德、の溢れる泉である。個人は元來無知無德であるが、文化のうちに生まれて知德の源泉たる文化を――國家、地域、職場、家庭等の支流を通じて――意識的にせよ無意識的にせよ學習模倣し、自分の知德を涵養してゐる。

 F.A.ハイエク博士は云ふ。

 

 文化は自然的なものでも人為的なものでもなく、また遺伝的に伝えられたものでも、合理的に設計されたものでもない。それは、学習された行動ルールの伝統である。*1

 

 また、云ふ。

 

 人は賢く、合理的に、そして善く生まれるのではなく、そうなることを教えられなくてはならない。人間の知性が道徳をつくったのではなく、むしろ道徳に制限された人間の相互作用が、理性とそれに関する諸能力の成長を可能にするのである。人間は学習すべき伝統――本能と理性の間にあるもの――があったから知的になったのである。ひるがえって、この伝統は観察事実を合理的に解釈する能力ではなく、それに応答する習慣から生じたのである。まず第一に、それは人に対して、何が起こると期待すべきかよりも、むしろ一定の条件下で何をなすべきか、あるいはするべきでないかを教えるのである。*2


 私も【#1】で、「個人は本來無知であるところ、家庭に養育せられて無意識的に言語を學習模倣し、言語を以て思考することを得る。個人の思考は言語を以て他者に傳達され、傳達された思考は言語を以て批判解釋される。而して、思考する能力や批判解釋する能力――知性――は言語と謂ふ文化の賜物であることが知られる。個人の知性は文化が含蓄する歷史的知性を學習模倣することで涵養されるのである」と云つた。人生と謂ふ大海を航海するに當たり、個人は文化と謂ふ大いなる羅針盤を與へられてゐるのである。

 

 

 一方で、個人が涵養し得る知德は、文化が含蓄する知德の一部に過ぎない。如何なる天才も、文化が含蓄する以上の知德を持ち得ないし發揮できない。然るに、個人は知德を以て文化を批判解釋する自由を常に與へられてをり、より確からしい價値規範を模索實踐することを妨げられない。かうした自由な個人の經驗の蓄積が新しい慣習となり、傳統と化して文化を發展に導くのである。つまり文化の發展は、文化に蓄積された歷史的知德を活用する個人の經驗の蓄積により齎される。

 ハイエク博士は云ふ。

 

 個人の行動を動かしている意識的な知識はその人の目的達成を可能にする条件の一部分にすぎないということについて、二つの重要な側面がある。一つは、人間の知性それ自体が生まれ育った文明の所産であり、さらに知性を形づくる多くの経験、すなわち、習慣、慣例、言語、道徳的信念の具現化によって知性が助けられているという経験に気付いていないという事実である。二つ目は、ある個人の知性によって意識的にあやつられる知識がどんなときにもかれの活動の成功に役立つ知識のほんの一部分にすぎないということである。*3

 

 また、云ふ。

 

 あらゆる進歩した文明のはっきりした特徴をなしているものは、ある一人の人が持ちうるよりも遥かに多くの知識の活用であり、したがって一人一人にとってはその大部分の決定因子のわからない一貫した構造の範囲内で各人が活動しているという事実である。文明社会において、個々人が差し迫った物質的ニーズの単なる充足よりも遥かに広範囲の目的を追求する能力を持ちうるのは、その個人が獲得しうる知識がより大であるためというよりも他人の知識からうけとる利益がより大であるためである。事実、一人の人は非常に無知かもしれず、多くの未開人よりも無知であるかもしれないが、それでも彼は自分の住む文明から多大の利益を得ていることであろう。*4

 

 

 而して自分の無知無德を自覺する個人は、文化が含蓄する歷史的知德に從ふことが無知無德を補ふ最優の手段であることを知る。歷史の荒波に淘汰されて尙殘存した傳統、その總體たる文化を、知德の源泉として尊重するのである。

 故に、孔子
 

 述而不作信而好古

 

 述べて作らず信じて古を好む。*5

 

と云ひ、古學先生は

 

 蓋し聖人の聖人たる所以の者は、自ら其の智を用ゐるに在らずして、廣く衆智を資るに在り。我より古を作すことを好まずして、事必ず古を稽ふることを好む。*6

 

と釋した。

 また、『今鏡』は法性寺關白藤原忠通に就いて次のやうに云ふ。

 

 才學もすぐれておはしましける上に、詩など作らせ給ふことは、いにしへの宮帥殿などにも劣らせたまはずやおはしけむ。哥よませ給ふ事も、心たかく昔の蹟をねがひ給ひたるさまなりけり。管絃のかた心に志めさせ給ひて、筝のことを、むねと御遊などにも、ひかせ給ふとぞ聞き侍りし。父おとゞばかりは、おはしまさずやありけむ、手かゝせ給ふ事は、昔の上手にも恥ぢずおはしましけり。まなも假名も、このもしく今めかしき方さへそひて、すぐれておはしましき。内裏の額ども、古きをばうつし、失せたるをば、更にかゝせ給ふとぞ、うけたまはりし。院宮の御堂御所などの色紙形は、いかばかりかは多くかゝせ給ひし。御願よりはじめて、寺々の額など數志らずかゝせ給ひき。「橫河の花臺院などは、古き所の額も、むかへ講すゝめけるひじりの申したるとてかゝせ給へり」とぞ山の僧は申しゝ。*7

 

 忠通はあらゆる方面に竝外れた知德を發揮した天才であつたが、自分の知德は文化を學習模倣することにより涵養したものと自覺してゐたから、萬事に於いて文化を尊重した。而も彼は知德を以て文化を批判解釋し、より確からしい價値規範を模索實踐して文化を發展に導いた。例へば、彼は法性寺流を開いたと稱されるが、それは權大納言藤原行成に始まる世尊寺流を學習模倣した結果に過ぎなかつた。文化の尊重が文化の發展を導くことを、自分の一生の經驗を以て傳へてゐるのである。

 

 

 以下では、文化を共有する個人一般の集合體を人民又は民族と呼ぶ。人民のうち、文化が含蓄する歷史的知德に從ふことが自分の無知無德を補ふ最優の手段であることを知る個人又はその集合體を、――意識的に文化を尊重する人と謂ふ意味で――文化人と呼ぶ。また、日々の營爲を通じて無意識的に文化を尊重してゐる個人又はその集合體を、庶民と呼ぶ。反對に、人民のうち、文化を尊重しない個人を大衆人、その集合體を大衆と呼ぶ。私は勿論、大衆人を自認してゐる。

 

(續く)

【#35】腦死國家03「文化と國家」

 

 


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*1:F.A.ハイエク西山千明=矢島鈞次=渡部茂監訳『法と立法と自由Ⅲ』春秋社、平成20年、212頁。

*2:F.A.ハイエク西山千明=渡辺幹雄監訳『致命的な思いあがり』春秋社、平成22年、26-27頁。

*3:F.A.ハイエク西山千明=矢島鈞次=気賀健三=古賀勝次郎監訳『自由の条件Ⅰ』春秋社、平成19年、40頁。

*4:F.A.ハイエク西山千明=矢島鈞次=水吉俊彦監訳『法と立法と自由Ⅰ』春秋社、平成19年、22-23頁。

*5:論語』述而第七。

*6:伊藤仁齋『論語古義』六盟館、明治42年、123頁。

*7:『今鏡』第五「みかさの松」。引用は、丸岡桂=松下大三郞編『國文大觀』第7卷、板倉屋書房、明治36年、98-99頁、による。