千種有宗の「こころなき身ゆゑ」

歷史・文化・詩歌・音樂に就いて語る

【#47】政論03「モンテスキューの相互作用論――はじめに」

はじめに

 昔からフランスと謂ふ國の文化には厭惡の感が拭へなかつた。フランス料理の惡趣味は堪へられるにしても、思想となると反吐が出る。デカルトヴォルテール、ルソー、ディドロコンドルセ、サン=シモン、フーリエプルードンサルトルベルクソンレヴィナスフーコーボードリヤールデリダ……、擧げれば切りがない。彼らフランス人(ユダヤ人に括るべき者もあるか)に共通するのは、人閒の理性に對する輕信である。

 「そもそも、思考は言語を以てのみ行ひ得るもので、大衆が信仰する人閒の理性は言語に規定されるものに過ぎない。さうして、言語は本來的に歷史的かつ社會的なものである。自分の言語表現が他者に理解され、過去から未來に繼承され得るのは何故なのか、大衆は自分の理性を使つて考へるべきだ。言語が歷史的かつ社會的である以上、言語により規定されるところの理性は、過去・現在・未來の他者との關係なしではありえない」(【#11】)。個人の理性は、文化が含蓄してゐる歷史的知性を、學習模倣することにより涵養されるのである。然るに、彼らは自分の理性を絕對視して歷史を斷罪し、社會を設計主義的に變革するのに躊躇がない。歷史や社會を語れば語るほど自分の髙慢さを暴露してゆく彼らの姿は、理性の崇拜に熱狂したエベールや最髙存在の祭典を主催したロベスピエールの如き醜惡な革命家の似像であり、直視に堪へない。而して、彼らの著書は悉く本棚の奧に埋もれて仕舞つた。ベルクソン小林秀雄を信賴して讀み返すこともあるが、未だに感得できずにゐる。

 

 

 勿論、彼らと私との閒には知能の面に於ける隔絕があるから、天才を理解できぬ自分の無知を恥ぢるべきなのだらう。然るに、無知の私でさへ傾聽させられる話をするフランス人もゐる。その一人がC.de.モンテスキューである。彼は人閒の理性を疑ひ、歷史に敬意を拂ひ、社會を改革するに當たつては理性による設計ではなく歷史に自生する法則に從ふべきだと考へた。人閒の理性を輕信したヴォルテール、ルソー、ディドロコンドルセら同時代の啓蒙思想家に對して、飛び拔けて現實的かつ保守的であつた。彼の大著『法の精神(De l'Esprit des lois)』は、歷史に自生する法則としての「法(lois)」を如何にして發見するか、を思考したものであり、同書が思想的に對立すべき左翼に肯定的に引用されてきたのは不幸なことである。

 尤も、彼の保守性を彈劾する左翼も昔からゐた。例へばマルクス主義者のL.P.アルチュセールは、ド・モンテスキューの保守性の由來を法服貴族と謂ふ出自に求め、『法の精神』を、自分の階級的特權を擁護した反動の書に過ぎないと批判してゐる*1。同じくマルクス主義者のA.マチエも、『十八世紀の政治學說史に於けるモンテスキューの位置』と云ふ論文で次のやうに云ふ。

 

 現今の注釈家たち……は、十八世紀というものを、それがフランス革命にどういう影響を与えたかということだけから考え、且つ、フランス革命の本質的業績は君主政の廃止にあると考えたから、この君主政廃止に貢献した人々は、すべて進歩的精神の持主、革命の先駆者、主導者と看做すのである。彼等が、モンテスキューという、この全くの反動主義者を讃美するのは、そこから来ている。……モンテスキューが政治的に自由主義者であり、専制政治の断乎たる反対者であったが故に、彼等は、彼をフランス革命の先駆者、主導者と成し、彼が一度だって考えたこともなく、彼を恐怖させ、彼の全著作が反対している民主主義的意向を、彼が持っていたとするが、革命のすべての社会的・法的事業は、前以てモンテスキューにより否定されていたのである。民主政治は彼を恐怖せしめた。それゆえ、『法の精神』は君主政的傾向のブルジョア著作家たちの極めて鮮やかな反駁であり、進歩の書ではなくして復古の書である。*2

 

 アルチュセールやマチエは冒頭に擧げた傲慢なフランス人思想家のリストに入れるべき人物であるが、そのド・モンテスキュー批判は正鵠を射てゐる。

 

 

 阪本昌成博士は、云ふ。

 

 彼[ド・モンテスキュー]は、人間とその社会が、歴史現象と常に緊張関係にある、とみた。彼の代表作、『法の精神』……が、法を宗教、経済、人口、風土、習俗等との相互連関のなかで捉えようとしたのは、そのためであった。従って、『法の精神』は、正統派の啓蒙思想の書というよりも、歴史哲学の書、つまりは、歴史法則を求めるための書であるといったほうがいいかも知れない。彼の最大関心事は、ある社会における矛盾・対立のなかから、いかにして均衡が生み出されるか、という社会法則を見出すことにあった。だからこそ、その著作が、『lois(自然法則、法)の精神』と題されたのである。*3

 

 ド・モンテスキューが見出した歷史法則のうち、英國の政體(國制)に學んで記した第11編第6章の國家作用に關する相互作用論は、今でも尙參照するに値する。以下、槪觀したい。

 

(續く)

【#50】政論04「モンテスキューの相互作用論――歷史法則としての法」

 

 


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*1:L.P.アルチュセール、西川長夫譯『政治と歴史――モンテスキューヘーゲルマルクス』新訂版、紀伊國屋書店、平成16年、參照。

*2:引用は、梶原愛巳「モンテスキューと権力分立の『神話』」『文芸と思想』39号、福岡女子大学文学部、昭和50年、1-15頁、による。

*3:阪本昌成『憲法理論Ⅰ』第3版、成文堂、平成11年、「人名解説」。